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2011年9月

2011年9月11日 (日)

9月 特別編 写真アップ

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浜田省吾のコンサートに行ってきた

静岡のコンサートで、自分はなんとなく、もう省吾のコンサートはいいや、って見終わった時に、そう思った
自分たちの素敵なお兄さんで、憧れて、詩に共感して
私も、周りも、ふとした時に、カラオケで、仕事で怒られて、悲しくて
そんな時に、ふと口にしていた曲

静岡では、大きな違和感を持って、コンサートを見終わった
曲を楽しむ姿勢は、誰もが自由であるのだけれど
それでも、自分たちより上の年代の方々が、すべての曲に歓喜して、踊って、喝采する姿に
なぜこの時期に、今夜は陽気に楽しくやろうぜ、のノリの観客に
演奏者の人たちの演奏しながら笑顔で話をする姿とかとか
大きな違和感を感じた
省吾が、はっきりと、戦争のこと、放射能のこと、震災のこと、社会の事に対して
明言しなかった事に、なんとなく、娯楽的に感じられ
よかったけれど、よかったけれど、と、胸にひっかかった館じだった
ブログも更新しているが、スタッフの方々、すばらしいコンサートだと、ただただ誉める文章に
ものすごく営業的な物を感じてしまっていた

だから、写真も、トラックはアップしなかった

今回の長野に行って

行ってよかった、と、しみじみ思った
そして、省吾の口から、現状に対するメッセージ、未来へのメッセージが聞けた時
ノリノリの人たちもいたであろうが、すくなくとも、自分も自分のまわりも
ごく普通のお省吾の歌も好きっという人間たちが足を運び
J-BOYに自分を重ね、省吾を重ね、聞くことができたこと

コンセプトがはっきりと伝わって
そして
一番うれしかったのが、省吾がずっとコンサート続けるぞと言ったこと

これが、この一言がやっぱり一番うれしかったのかな


よかった

しみじみと、よかった

書くと共に
音楽の強さを、強烈に感じた
おりしも、その日、不適切発言で、大臣が辞表提出のニュースが携帯にとびこんだ
そして
本日、9・11 テロ事件

省吾のテレビ番組が途中で中断され、多くの方々が犠牲になった日

また
東北地方を中心として、全国での災害に見舞われてもいる今年

浜田省吾コンサートトラック
思い出の写真とまたひとつなりました

Tなみに、省吾のコンサートは、数年に一度のコンサートツアーのたびに
ひとり、省吾の曲をあまり知らない人という人と行く機会に恵まれます

今回一緒に行った女性の感想は

すごい、、、、

のひとこと

このすごさ、今、この時期だからこそ、多くの方の目に耳に触れればいいなと思います


2011年9月 9日 (金)

9月 東北に行ったこと 再びの省吾のコンサートは明日

990099

9月
1か月に一度の更新のこのブログ
今月も、迷うことばかり

9月の第一週の日曜からは、東北に行った
陸前高田は、右の瓦礫が左に積まれ、山積みになったまま、静かに時が止まっていた

高田高校は、春の部活の最中に
津波ののまれた多くの高校生がいた
水泳部の子は、水着のまま二週間後にきれいな姿で見つかったそうだ
いまだ行方不明の子たちも居る

999900

ひとつの建物のなかを見つめる背広姿の男性が居た
道端に停まる車の中で、じっとうつむく少年が乗車して
男性に促されるように、雲が浮かび風と重機の音が遠くに響く荒野のアスファルトに降り立った

父と息子
でも少年は、建物は見ず、路肩に座りこんだ

宮城では、復興と銘打って、多くのアーテイストが大きなホールでコンサートを開きだしている
がんばろう日本と旗をふり、漁業が再開したと、企業誘致とテレビで流れる

東北といっても、壊滅状態の地区はわずかなのか
瓦礫撤去の場所さえ決まらぬ、つぶれたままの車や、津波のままの状態の市庁舎、郵便局もそのままで

明日から浜田省吾のコンサート
静岡のコンサートに、そんな事書きながらも行った自分

そして
明日もまた、他人の事を書きながら
それでも長野のコンサート会場にい行く自分が居る

キミを守りたい、いつまでも

そのフレーズをここ数日思い出す

路肩に座る少年の未来を
守りたいと

せつに思った

9月の写真はこれにした

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