1月わんこ あまりにもあたたかいのでその2
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セントレアからの帰り
名古屋から自宅に戻るには、列車よりもバスのほうが利便性がよく
時間に少しロスがあるものの
最近はすっかり高速バスを使うようになった
名古屋は名鉄バスターミナルが全国への高速バスの発着所
札幌、松本、三宮、広島、天神
バスターミナルはどこもなんとなく好きな場所
鼻をくすぐる排気ガスと響くエンジンの音に交差して
土産を持って、見送りの親戚に手を振る家族や
外国人がJapanマップ片手に不安そうに乗り込んできたり
オープンキャンパスの大学資料を胸に抱えてぐっすり眠る高校生や
お弁当広げてこれから向かう上高地への想いを口にするご婦人方
どんな一日過ごしてどんな明日を過ごすのだろうと
夜にすいこまれるバスの旅もまた好き
前に座る人は
どんな想いでこの夜の名古屋を見ていたのだろう
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浜田省吾のコンサートに行ってきた
静岡のコンサートで、自分はなんとなく、もう省吾のコンサートはいいや、って見終わった時に、そう思った
自分たちの素敵なお兄さんで、憧れて、詩に共感して
私も、周りも、ふとした時に、カラオケで、仕事で怒られて、悲しくて
そんな時に、ふと口にしていた曲
静岡では、大きな違和感を持って、コンサートを見終わった
曲を楽しむ姿勢は、誰もが自由であるのだけれど
それでも、自分たちより上の年代の方々が、すべての曲に歓喜して、踊って、喝采する姿に
なぜこの時期に、今夜は陽気に楽しくやろうぜ、のノリの観客に
演奏者の人たちの演奏しながら笑顔で話をする姿とかとか
大きな違和感を感じた
省吾が、はっきりと、戦争のこと、放射能のこと、震災のこと、社会の事に対して
明言しなかった事に、なんとなく、娯楽的に感じられ
よかったけれど、よかったけれど、と、胸にひっかかった館じだった
ブログも更新しているが、スタッフの方々、すばらしいコンサートだと、ただただ誉める文章に
ものすごく営業的な物を感じてしまっていた
だから、写真も、トラックはアップしなかった
今回の長野に行って
行ってよかった、と、しみじみ思った
そして、省吾の口から、現状に対するメッセージ、未来へのメッセージが聞けた時
ノリノリの人たちもいたであろうが、すくなくとも、自分も自分のまわりも
ごく普通のお省吾の歌も好きっという人間たちが足を運び
J-BOYに自分を重ね、省吾を重ね、聞くことができたこと
コンセプトがはっきりと伝わって
そして
一番うれしかったのが、省吾がずっとコンサート続けるぞと言ったこと
これが、この一言がやっぱり一番うれしかったのかな
よかった
しみじみと、よかった
と
書くと共に
音楽の強さを、強烈に感じた
おりしも、その日、不適切発言で、大臣が辞表提出のニュースが携帯にとびこんだ
そして
本日、9・11 テロ事件
省吾のテレビ番組が途中で中断され、多くの方々が犠牲になった日
また
東北地方を中心として、全国での災害に見舞われてもいる今年
浜田省吾コンサートトラック
思い出の写真とまたひとつなりました
Tなみに、省吾のコンサートは、数年に一度のコンサートツアーのたびに
ひとり、省吾の曲をあまり知らない人という人と行く機会に恵まれます
今回一緒に行った女性の感想は
すごい、、、、
のひとこと
このすごさ、今、この時期だからこそ、多くの方の目に耳に触れればいいなと思います
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9月
1か月に一度の更新のこのブログ
今月も、迷うことばかり
9月の第一週の日曜からは、東北に行った
陸前高田は、右の瓦礫が左に積まれ、山積みになったまま、静かに時が止まっていた
高田高校は、春の部活の最中に
津波ののまれた多くの高校生がいた
水泳部の子は、水着のまま二週間後にきれいな姿で見つかったそうだ
いまだ行方不明の子たちも居る
ひとつの建物のなかを見つめる背広姿の男性が居た
道端に停まる車の中で、じっとうつむく少年が乗車して
男性に促されるように、雲が浮かび風と重機の音が遠くに響く荒野のアスファルトに降り立った
父と息子
でも少年は、建物は見ず、路肩に座りこんだ
宮城では、復興と銘打って、多くのアーテイストが大きなホールでコンサートを開きだしている
がんばろう日本と旗をふり、漁業が再開したと、企業誘致とテレビで流れる
東北といっても、壊滅状態の地区はわずかなのか
瓦礫撤去の場所さえ決まらぬ、つぶれたままの車や、津波のままの状態の市庁舎、郵便局もそのままで
明日から浜田省吾のコンサート
静岡のコンサートに、そんな事書きながらも行った自分
そして
明日もまた、他人の事を書きながら
それでも長野のコンサート会場にい行く自分が居る
キミを守りたい、いつまでも
そのフレーズをここ数日思い出す
路肩に座る少年の未来を
守りたいと
せつに思った
9月の写真はこれにした
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自分は、飯田水引協同組合さんのお手伝いもさせていただいています
飯田水引協同組合は、国内の水引生産高70%を占めています
熨斗袋の水引、とか、結納品とか、にかけられている赤白や黒白や銀色の水引です
震災後、人と人、心と心を結ぶ、という事で、遣隋使の時代、航海の無事を祈り麻紐をお土産品等に結んだとから始まり、ずっと現代にまで受け継がれている心と心を結ぶもの
として
使われています
実は
6月に、一度東北に行く際に、熨斗袋を持っていこうかどうか大変に迷いました
紅白もありますが、黒白もあります
もっとも使われる仏用の熨斗袋、されど、あまりにも現実味過ぎ、かといって紅白のものも
どんなものか、と、6月は持っていくことはやめました
今回は、震災から来月で半年
被災地でも子供が生まれました、結婚しました、初盆をしました、というお話をお聞きする事も多くなり
熨斗袋、水引、そして、被災地の方へ、と預けて頂いた物資等を持って、東北にお邪魔することとなりました
熨斗袋は、お盆前に1000枚程度、それに、水引素材と、水引作成キット
現在お預かりしており、さらに、熨斗袋、水引をお預かりする予定です
被災地の、仮設住宅にお住まいの方々に、できるかぎり一軒一軒回ってお配りする予定です
組合としては、小売店の方々も現地で販売している事を考慮し、小売の方々のご迷惑にならない方法で、お渡しをしたいというご意向があり
あえて、飯田水引協同組合が、物資の支援を行う、のではなく
本当に必要な方々の、より多くの方々にお渡しするために、私たち026netに託してくださいました
これも
詳しく後日掲載しますが
支援というものは、ただ、物を渡すだけでは支援というものでなく
何か、1人ではないと実感できること、高齢者の独り暮らしの方にも元気になって頂けることはできないか、
お互いにつながっているという事はできないだろうか、という事を飯田水引協同組合の方々も考えておられ
東北は、
しめ飾りなどの内職も多い地域、また、漁業を営まれていた方は、網の手入れ等、男性の方でも行っており手先も器用な方がおり
もともとフィッシャーマンセーターなども、アイルランドやスコットランドの漁師さん達が自身や家族で編んでいたもの
水引も、編むという単語より、結ぶ(ノッティング)のほうが、しっくりいく事もあり
結びは、共通部分も多く
では
水引素材を、被災に持っていき、特に、一人暮らしの高齢者の方々などが、自由な発想で水引を編んだり貼ったりして作品を作っていただき
そのなかで希望者の方は、飯田水引協同組合の特設サイトに掲載をしようと
そして、もし、販売したい方が居たら、その作品を特設サイトで販売していただいてもよいではないか
と
いうお話しを飯田水引協同組合の理事長さんはじめ皆様よりご提案いただき、準備しておりました
また、もしも、若者でないために仕事がない、と、言われる方で、真剣に水引細工を覚えて頂く気持ちがある方が、そのなかで1人でもいれば
飯田地方に数年滞在してただき、技を身につけていただいた後、故郷に帰って製作を続ければ、将来、生計の糧にもなる可能性もあるものであり
そんな思いも持って、中継点の方にそのお話しをするためにも、東北にはいります
結ぶ、という気持ちを物に託す、言葉とか行動とかでもなく、さりげなく、貴方を想います
美しい日本の伝統工芸を、おとどけしに行く中継点になれること、私自身も大変感謝するばかりです
といいましても
信州から800キロ以上離れており
1人で自動車で行きましょうか、と、話したところ、周り全員から、無茶だ、と言われ
私自身も、実は、あまりまだ身体の具合がよろしくないため、うちのスタッフ君1人に同行をお願いできないかと頼みながら
準備をはじめてはおります
もし、運転交代していただける諏訪地方、または、佐久から同乗して、車運転交代してくださる方がいましたら、ご連絡ください
現地の各自の食事および宿泊費用だけ、ご負担くだされば、あとは現地は別行動であっても、同行していただいても構いません
お問い合わせフォームにお書きくださいませ
明日、預かっている熨斗袋や素材を撮影し、掲載あらためていたします
写真は、一例として、水引を使った素敵な品のひとつとして
ANAの海外航路のファーストクラスで配られた水引細工です
飯田水引協同組合のWEBページは
http://iidamizuhiki.jp/
お知らせ、の、カテゴリに、数日中に、ここに書いた記事を掲載します
(どう文章をまとめたらよいか思案中で、遅くなっております、すみません)
フラッシュ対応の方は、多くの画像を見ることができます
http://iidamizuhiki.jp/art/index.html
ちなみに
私個人的に、この水引の魅力にのめりこんでしまいました
物に水引をかける、これにより開けることができないのです 毒を盛ることができない
そして、言葉ではなく、さりげなく気持ちを添えてお贈りする
素敵だなあ
と
思わずにはいられず、自分が物資4月から持っていっているのも
お預けくださっている皆様も、皆様みんな、そういう、気持ちであることは
いつの時代であっても同じなのだなあと
思うのでした
長文になりました
が
そんなこんなの月曜日です
おつかれさまでした!
---------------
運転してくださる方、被災地で水引細工に興味がある方
お気軽にフォームにお書きください
お問い合わせフォームはお問い合わせフォーム
Tel: 050-5532-8142
スカイプID suwanagano
メール hacchon@gmail.com
携帯端末、PC機器を持たない方がお近くにいらして、不自由なされていらっしゃる方がいましたら、代わりに伝えてください
じいちゃん、ばあちゃん、とうさん、かあさんが心配だから、顔だしてみてくれる?という方
手先が器用だよ、という知り合いの方いらっしゃましたらご連絡ください
今回の記事は、NIFTYブログ、fuwari_fuwariブログ、水引アートブログにも掲載いたします
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今回は
自分が撮影した写真ではないけれど
自分では絶対撮影できない、写真を掲載
まぶしすぎる陽射しが
彼女の心を、つきさすように照らしているのだろうか
それでも暖かな陽射しだと、まっすぐ前を見て歩いているのだろうか
写真公開よいとのことで
6月はこの写真にいたします
子供向け、特に、小学校高学年~高校生まででお送りいただける物資がありましたら
ご連絡ください
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支援の希望、心配事等、お気軽にフォームにお書きください
お問い合わせフォームはお問い合わせフォーム
Tel: 050-5532-8142
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メール hacchon@gmail.com
携帯端末、PC機器を持たない方がお近くにいらして、
不自由なされていらっしゃる方がいましたら、代わりに伝えてください
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浜田省吾さんのコンサート、静岡に行った
このブログの一番最初に残してある写真も、浜田省吾さんのコンサートトラック写真
今回も、その写真をアップしようかと
思って、思って、でも、
どうしても、どうしても、どうしても、なんとなく、やめた
代わりにアップ
翌日朝寄った、静岡浜岡原子力館展望台から見る景色
原子力発電はその日も稼動していた
コンサート会場から、数十キロの圏内であろう、
今、何キロ圏内なんだろうって、話をしながら運転した
施設にある売店の方に尋ねたら
事故以来、親子の方より、大人の方が訪れるようになりました
とのこと
きちんとまず知る事が大切で
機会があったら、訪れて見るべきところだと
はじめて行った私は、なんとなく、そう思った
国会での野党与党の政権交代とか、保障が多い少ないだとか
なんだか、寂しいニュースが流れているけれど
でも、いまだ、まだ、放射能は漏れ続けていること
それを一刻でもはやく、止める事
最重点となる焦点が、なんとなく、喧騒にかき消されているような気がするのは
私だけなのかな
そんなことを、帰宅後母に話したら
母曰く
「あ~ら、あなただって、支援といいながら、省吾のコンサート行ったじゃない」
、、、
まぁね
よかったよ、よかったけどね、でも、ん~
バックに流れる映像が、私が映像制作者なら、あえて黒の画像を流したかな
初日だけは、追悼の意を表して
ロックンロールって何だろう、と、なんとなく、そんなことを考えた
浜田省吾さんの、気迫、演奏の方々の見せつけるまでのプロの音楽
は
音楽に疎い私にさえも、充分すぎるほどに伝わったけれど
立派な照明も、映像もいらないから、被災地が、それでも夜明けが見えるまで
コンサート続けてくれないかな
義援金を、夢を、希望を、省吾に託せるのなら、いいなって
なーんて、思った、4月の静岡は
とっても、心がきゅんとした、静岡でした
でもね、やっぱり、浜田省吾さんの声、いいですよ 人がなんといっても、好きだなあ 曲も好きですよん
お魚たべてかえってきたけどね
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