私の記憶のなかでは丸子町、であったところ
我が家のわんこ君は8月で4歳になりました
旅にでかけてきました
でかける前に写真をとりました
キリリとひきしまる良い表情です
しかしながら
わんこ君、1時間は車の揺れに耐えられず、それでも歯をくいしばり
その後、どうしてもゲェっとなってしまいます
お出かけ先でも、さんざん他人に吠えるわんこ君であるはずが
人間にはまったく興味をしめさず、ただただ歩いておりました
旅先で出会った黒のラブラドールには突然脅かさられるわ
浜辺で出会った可愛い柴犬には尻尾を振って追いかけようとしてもシカとされるわ
それでも、人間の家族と一緒に居た時間は長く、わんこ君もそれなりに満足だったのでは、、
ないでしょうか、と思うのは人間の我儘でありましょうか
帰宅後
丸1日は、食べ物もいらないようでぐったりしておりました
でも
今夜はもう元気に大好物のチーズを食べています
わんこ君のひと夏の大冒険が終わりました
蓼科もすっかり吾亦紅が秋風に揺れる景色となりました
楽しかったお出かけ先の思い出記事は、また後日どちらかのブログに記しましょうね
ぽんた君、お誕生日おめでとう
カメラを向けたらポーズをとってくれました
あんよをせいいっぱい伸ばしてポーズ
ルーブルのレカミエ夫人は黄金図で美しいと言われています
似てるかな?
ゆったりと穏やかに暮らす彼女たち家族が
ここで転勤との知らせを頂き
ひさしぶりに彼と会いました
お母さんをしている彼女と私もかなり年は離れているものの
お互いかなりおっとりしてたり
考え方や想い方など共通するところも多く
そんな彼女が新しい土地に行くことに不安がたくさん
新しいところでもきっと、おなじように
気の合うお友達ができるんじゃなあい?と
そんな事をお話しながら、彼女のお宅でお別れ会
たっくんはおすまし
1歳4ヶ月
遊びに行くよ、遊びにきてね
でも
私も実はとってもお別れが寂しいのです
7月はこの写真にしました
元気でね
ここは長野県南木曽町
ひっそりとした昔の佇まいを残す家々の人たちが
ここに暮らす人たちのために、通りを歩く人達のために、
そしてきっとご自身のために
格子戸に野の花を飾る
どんな方が竹籠に花を挿しているのだろう
笑顔が見える妻籠宿
6月は
木曽の山合を歩くともうひとつ
素敵なお菓子に出会う事ができ
毎年お買い物にでかけている
朴葉巻と書いて
ほうば巻き
朴葉の枝から5-6枚の葉っぱがついていて
その葉っぱそれぞれに、お団子を包んで販売されている
この季節だけの御菓子
それぞれの和菓子屋とか道の駅などで販売され
お店によっても味が微妙に違うのも趣があり
ぷぅんと朴葉の香りがおだんごにうつる
これがまた美味しさを増すお菓子
先日妻籠の帰りに朴葉巻を買いに訪れたお店は
木曽町にある田ぐちさん
お店に立ち寄った時はまだ朝はやく
地元のご近所さんの人達が
できたての
まだあたたかい朴葉巻きを買っていた
その写真をアップすればよいのだろうが
すでに美味しく食べてしまい
葉っぱだけを写真アップするのもおかしいかなと思うため
代わりに田ぐちさんのページをリンク
http://www.kashitaguchi.co.jp/
さすがネットと物流の時代
季節限定で朴葉巻が購入できますと書いてある
6月は、あれあれ?
花より団子の内容になってしまいましたが
でも
写真はお花、妻籠宿
5月、雨が昨日降ったものの、後半の本日子供の日は
陽射も強い暑い程のゴールデンウィーク
今年は観光客もここ蓼科にやってきて
圏外ナンバーの車が半分程の割合で道も混むので
何処にも出かけず
急に暑くなったため
庭が夜が明けたとたん黄色のタンポポ絨毯となり
枝垂れ桃もこぼれんばかりに咲きだした
そして
今年はとても嬉しい事がひとつ
家の裏の木が桜色の美しい美しい桜の花を満開に咲かせた
此処に家を建て十数年目
初めての桜の開花
何の木だろうと思っていたら、今年はじめて桜が咲いた
満開の桜の木がひとつ
我が家のお隣に植樹してある桜の木々たちは
もうすっかり花を落としているけれど
自生している庭の山桜は満開で
小さな葉っぱがキラキラ光る
家の中からも窓の外にはそよそよ揺れる桜色
山桜の桜色は
私の最も好きな色のひとつで
ちっちゃな桜餅作れるねと
桜餅もやっぱり好きな食べ物のひとつで
そよそよ揺れる桜の枝を眺める5月のゴールデンウィーク
駿河湾
オレンジ色に朝は輝く2月
数時間前の凍える山国の雪景色から、椿が咲き茶畑の広がる静岡
御前崎には2011年4月以来
当時の日本全体が大きな事故で混とんとするなか
その大きな事故よりもっと前に購入してあった浜田省吾さんの
数年ぶりに、2011年の災害事故のすぐ翌月に
浜岡原発のある静岡にて
ツアーがはじまるというチケットがあり
コンサートに自身がこんな時に来て良いのかと
本当に迷って迷って
でも、結局コンサートに来た帰りに立ち寄ったのが
ここ御前崎
2011年4月のブログも迷う心が書かれてた
そして写真のわんこはまだ、生まれてもいなかった彼にとっては見知らぬお話
2015年2月、海を見に行こうと、たまたま宿がとれたのがここ駿河湾
わんこの見つめる先には浜岡原発
この春、省吾さんのニューアルバムが発売されるそうだ
多くの問題を未だ抱え続ける2011年の事故だけれど
でも私自身が、大変だねと言いながらも
事故のあった翌月や、そして今もこうやって駿河の海に来た訳で
復興支援が忘れ去られているとか、
事故の責任は終わっていないとか
そんな言葉を聞くと思わず口を閉ざしてしまう私とわんこだけれど
この流れつく砂のように
時という海に自然にいつまでも寄りそって行ければなあと
さくさくさくと足跡がつく砂浜にて
さくさくとわんこも海に向かって歩いていて
平穏で幸せな朝だなあと感じる2月は駿河の御前崎
2011年4月はこう書いてあるので自分の記憶のためにリンクをしておく
http://abcnagano.way-nifty.com/bbcnagano/2011/04/4-374c.html
2015年小正月
昨年、秋に小諸の県の施設「ハローアニマル」からひきとり
我が家の一員になったワンコ
名はポンタ
見知らぬ人に対して鳴いてばかりいた犬で
2歳過ぎても引き取り手が決まらぬままいたワンコだが
犬は鳴くもの、という考えなので
昨年秋から家族の一員となった
そしてこの8月に3才
そろそろワンコも環境にもなれてきたので
ドッグランに連れて行こうと思うのだが
どう走り回るのか、離したら戻ってくるのかも不安で
では、里帰りのドッグランに行ってみようと
本日ハローアニマルに行ってきた
施設に預けられ、引き取り手が現れなかったポンタだが
その分長く施設にいたため、職員の方々が皆覚えていてくださり
くわえて施設の時から現在まで改名もせず
ポンタはもう嬉しくて嬉しくて嬉しくて
こんな顔
職員の皆さんのポンタを大切に育ててくれた愛情を
あらためて感じた土曜日だった
ポンタは行きに帰りに、車酔いで大騒ぎであったけれど
また遊びにいきましょうね
2014年の冬の終わりは大雪と寒波を最後につれてきたため
春の訪れはなかなか来ずに寒い日々を過ごしていたが
確実に陽は長くなり、雪もぐんぐんとけ
フキノトウやヤマツツジの芽もではじめた4月はじめ
毎年春を告げる花のひとつにアネモネがある
ハウス栽培されている農家さんがたがJA等に出荷に満たないアネモネをだしてくださる
ほんの半月程度の期間であるが
このアネモネが、たいへん花持ちがよく、プレゼントにしても内遣いにしても
好評のお花である
4月は、偶然にもクリスマスローズの花株やスミレの苗を頂く機会に恵まれて
我が家の庭はまだ寒いため、母のところの庭に植えた
花好きな母が朝夕、水をあげてくれているおかげで
本日もフクジュソウやカタクリと一緒に可愛らしく咲いていた
玄関は、冬の間は花瓶に水をいれていても凍結して割れてしまうため
造花をポンっと差してあったが
春です
アネモネを飾りました
桜もいよいよ開花です
10月
6月と7月
4月になり
今年も雪が積もった
昨年も雪は降り、驚くことではないけれど
それよりも春を通りすぎた気候も続いた4月なので
世の中寒暖の差の激しさに、右往左往
4月も終わる
前半のゴールデンウィークを過ごす
昨年からのものをどうにかこうにか形にした
お話を聞くとその方の人柄をうかがうことができる
今回はお二人
インタビュアーも純粋な子達だった
純粋な子には、大人はより優しくなれる
実直な方々だと、あらためて動画を見ながら思った
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(各8分~15分程度の長さ)
日曜日の午後
買い物からの帰り道
八ヶ岳の向こうは暗雲広がるのに
手前に大きな虹が
二重にも架かっていた
観光客が、道に車をそれぞれとめて、皆歓声あげて写真をとっていた
虹の橋
インディアンの頃から伝わるお話がある
天国の少し手前に、虹の橋、と呼ばれるところがあるのだそうだ
犬とか猫とか動物たちは
亡くなると、虹の橋のたもとに行くのだそうだ
そこは草地や丘があって
動物たちは楽しく過ごしながら
大好きな飼い主さんの人間を待っていて
そして
愛しい飼い主が亡くなると
そこで再会できて
一緒に天国に行くのだそうだ
我が家の場合は
先に、父が虹のたもとに行っていて、わんこを待っていたと思う
父の代わりに育てた愛しい私の大のお友達のわんこが
先月末亡くなり
今日までずっと傍にいてくれたような気がする
美しい虹は
それも偶然にも
我が家のすぐ隣の林のなかが輝き伸びる虹のたもと
美しく、大きな虹が
二重にくっきり架かっていた
わんこは父と会えて、天に嬉しそうに走っていったのかな
と
でも
虹のもう片側のたもとは
すぐ見える向こうに降りていて
わんこ
虹を駆けのぼって
たぶん、あれれと反対側の虹のたもとに降りちゃって
また、我が家に帰ってきちゃったかな?
と
そんな話しをしながら霧のような小雨のなか
じっと見ていた
美しい虹
8月の日曜の夕方
セントレアからの帰り
名古屋から自宅に戻るには、列車よりもバスのほうが利便性がよく
時間に少しロスがあるものの
最近はすっかり高速バスを使うようになった
名古屋は名鉄バスターミナルが全国への高速バスの発着所
札幌、松本、三宮、広島、天神
バスターミナルはどこもなんとなく好きな場所
鼻をくすぐる排気ガスと響くエンジンの音に交差して
土産を持って、見送りの親戚に手を振る家族や
外国人がJapanマップ片手に不安そうに乗り込んできたり
オープンキャンパスの大学資料を胸に抱えてぐっすり眠る高校生や
お弁当広げてこれから向かう上高地への想いを口にするご婦人方
どんな一日過ごしてどんな明日を過ごすのだろうと
夜にすいこまれるバスの旅もまた好き
前に座る人は
どんな想いでこの夜の名古屋を見ていたのだろう
浜田省吾のコンサートに行ってきた
静岡のコンサートで、自分はなんとなく、もう省吾のコンサートはいいや、って見終わった時に、そう思った
自分たちの素敵なお兄さんで、憧れて、詩に共感して
私も、周りも、ふとした時に、カラオケで、仕事で怒られて、悲しくて
そんな時に、ふと口にしていた曲
静岡では、大きな違和感を持って、コンサートを見終わった
曲を楽しむ姿勢は、誰もが自由であるのだけれど
それでも、自分たちより上の年代の方々が、すべての曲に歓喜して、踊って、喝采する姿に
なぜこの時期に、今夜は陽気に楽しくやろうぜ、のノリの観客に
演奏者の人たちの演奏しながら笑顔で話をする姿とかとか
大きな違和感を感じた
省吾が、はっきりと、戦争のこと、放射能のこと、震災のこと、社会の事に対して
明言しなかった事に、なんとなく、娯楽的に感じられ
よかったけれど、よかったけれど、と、胸にひっかかった館じだった
ブログも更新しているが、スタッフの方々、すばらしいコンサートだと、ただただ誉める文章に
ものすごく営業的な物を感じてしまっていた
だから、写真も、トラックはアップしなかった
今回の長野に行って
行ってよかった、と、しみじみ思った
そして、省吾の口から、現状に対するメッセージ、未来へのメッセージが聞けた時
ノリノリの人たちもいたであろうが、すくなくとも、自分も自分のまわりも
ごく普通のお省吾の歌も好きっという人間たちが足を運び
J-BOYに自分を重ね、省吾を重ね、聞くことができたこと
コンセプトがはっきりと伝わって
そして
一番うれしかったのが、省吾がずっとコンサート続けるぞと言ったこと
これが、この一言がやっぱり一番うれしかったのかな
よかった
しみじみと、よかった
と
書くと共に
音楽の強さを、強烈に感じた
おりしも、その日、不適切発言で、大臣が辞表提出のニュースが携帯にとびこんだ
そして
本日、9・11 テロ事件
省吾のテレビ番組が途中で中断され、多くの方々が犠牲になった日
また
東北地方を中心として、全国での災害に見舞われてもいる今年
浜田省吾コンサートトラック
思い出の写真とまたひとつなりました
Tなみに、省吾のコンサートは、数年に一度のコンサートツアーのたびに
ひとり、省吾の曲をあまり知らない人という人と行く機会に恵まれます
今回一緒に行った女性の感想は
すごい、、、、
のひとこと
このすごさ、今、この時期だからこそ、多くの方の目に耳に触れればいいなと思います
9月
1か月に一度の更新のこのブログ
今月も、迷うことばかり
9月の第一週の日曜からは、東北に行った
陸前高田は、右の瓦礫が左に積まれ、山積みになったまま、静かに時が止まっていた
高田高校は、春の部活の最中に
津波ののまれた多くの高校生がいた
水泳部の子は、水着のまま二週間後にきれいな姿で見つかったそうだ
いまだ行方不明の子たちも居る
ひとつの建物のなかを見つめる背広姿の男性が居た
道端に停まる車の中で、じっとうつむく少年が乗車して
男性に促されるように、雲が浮かび風と重機の音が遠くに響く荒野のアスファルトに降り立った
父と息子
でも少年は、建物は見ず、路肩に座りこんだ
宮城では、復興と銘打って、多くのアーテイストが大きなホールでコンサートを開きだしている
がんばろう日本と旗をふり、漁業が再開したと、企業誘致とテレビで流れる
東北といっても、壊滅状態の地区はわずかなのか
瓦礫撤去の場所さえ決まらぬ、つぶれたままの車や、津波のままの状態の市庁舎、郵便局もそのままで
明日から浜田省吾のコンサート
静岡のコンサートに、そんな事書きながらも行った自分
そして
明日もまた、他人の事を書きながら
それでも長野のコンサート会場にい行く自分が居る
キミを守りたい、いつまでも
そのフレーズをここ数日思い出す
路肩に座る少年の未来を
守りたいと
せつに思った
9月の写真はこれにした
自分は、飯田水引協同組合さんのお手伝いもさせていただいています
飯田水引協同組合は、国内の水引生産高70%を占めています
熨斗袋の水引、とか、結納品とか、にかけられている赤白や黒白や銀色の水引です
震災後、人と人、心と心を結ぶ、という事で、遣隋使の時代、航海の無事を祈り麻紐をお土産品等に結んだとから始まり、ずっと現代にまで受け継がれている心と心を結ぶもの
として
使われています
実は
6月に、一度東北に行く際に、熨斗袋を持っていこうかどうか大変に迷いました
紅白もありますが、黒白もあります
もっとも使われる仏用の熨斗袋、されど、あまりにも現実味過ぎ、かといって紅白のものも
どんなものか、と、6月は持っていくことはやめました
今回は、震災から来月で半年
被災地でも子供が生まれました、結婚しました、初盆をしました、というお話をお聞きする事も多くなり
熨斗袋、水引、そして、被災地の方へ、と預けて頂いた物資等を持って、東北にお邪魔することとなりました
熨斗袋は、お盆前に1000枚程度、それに、水引素材と、水引作成キット
現在お預かりしており、さらに、熨斗袋、水引をお預かりする予定です
被災地の、仮設住宅にお住まいの方々に、できるかぎり一軒一軒回ってお配りする予定です
組合としては、小売店の方々も現地で販売している事を考慮し、小売の方々のご迷惑にならない方法で、お渡しをしたいというご意向があり
あえて、飯田水引協同組合が、物資の支援を行う、のではなく
本当に必要な方々の、より多くの方々にお渡しするために、私たち026netに託してくださいました
これも
詳しく後日掲載しますが
支援というものは、ただ、物を渡すだけでは支援というものでなく
何か、1人ではないと実感できること、高齢者の独り暮らしの方にも元気になって頂けることはできないか、
お互いにつながっているという事はできないだろうか、という事を飯田水引協同組合の方々も考えておられ
東北は、
しめ飾りなどの内職も多い地域、また、漁業を営まれていた方は、網の手入れ等、男性の方でも行っており手先も器用な方がおり
もともとフィッシャーマンセーターなども、アイルランドやスコットランドの漁師さん達が自身や家族で編んでいたもの
水引も、編むという単語より、結ぶ(ノッティング)のほうが、しっくりいく事もあり
結びは、共通部分も多く
では
水引素材を、被災に持っていき、特に、一人暮らしの高齢者の方々などが、自由な発想で水引を編んだり貼ったりして作品を作っていただき
そのなかで希望者の方は、飯田水引協同組合の特設サイトに掲載をしようと
そして、もし、販売したい方が居たら、その作品を特設サイトで販売していただいてもよいではないか
と
いうお話しを飯田水引協同組合の理事長さんはじめ皆様よりご提案いただき、準備しておりました
また、もしも、若者でないために仕事がない、と、言われる方で、真剣に水引細工を覚えて頂く気持ちがある方が、そのなかで1人でもいれば
飯田地方に数年滞在してただき、技を身につけていただいた後、故郷に帰って製作を続ければ、将来、生計の糧にもなる可能性もあるものであり
そんな思いも持って、中継点の方にそのお話しをするためにも、東北にはいります
結ぶ、という気持ちを物に託す、言葉とか行動とかでもなく、さりげなく、貴方を想います
美しい日本の伝統工芸を、おとどけしに行く中継点になれること、私自身も大変感謝するばかりです
といいましても
信州から800キロ以上離れており
1人で自動車で行きましょうか、と、話したところ、周り全員から、無茶だ、と言われ
私自身も、実は、あまりまだ身体の具合がよろしくないため、うちのスタッフ君1人に同行をお願いできないかと頼みながら
準備をはじめてはおります
もし、運転交代していただける諏訪地方、または、佐久から同乗して、車運転交代してくださる方がいましたら、ご連絡ください
現地の各自の食事および宿泊費用だけ、ご負担くだされば、あとは現地は別行動であっても、同行していただいても構いません
お問い合わせフォームにお書きくださいませ
明日、預かっている熨斗袋や素材を撮影し、掲載あらためていたします
写真は、一例として、水引を使った素敵な品のひとつとして
ANAの海外航路のファーストクラスで配られた水引細工です
飯田水引協同組合のWEBページは
http://iidamizuhiki.jp/
お知らせ、の、カテゴリに、数日中に、ここに書いた記事を掲載します
(どう文章をまとめたらよいか思案中で、遅くなっております、すみません)
フラッシュ対応の方は、多くの画像を見ることができます
http://iidamizuhiki.jp/art/index.html
ちなみに
私個人的に、この水引の魅力にのめりこんでしまいました
物に水引をかける、これにより開けることができないのです 毒を盛ることができない
そして、言葉ではなく、さりげなく気持ちを添えてお贈りする
素敵だなあ
と
思わずにはいられず、自分が物資4月から持っていっているのも
お預けくださっている皆様も、皆様みんな、そういう、気持ちであることは
いつの時代であっても同じなのだなあと
思うのでした
長文になりました
が
そんなこんなの月曜日です
おつかれさまでした!
---------------
運転してくださる方、被災地で水引細工に興味がある方
お気軽にフォームにお書きください
お問い合わせフォームはお問い合わせフォーム
Tel: 050-5532-8142
スカイプID suwanagano
メール hacchon@gmail.com
携帯端末、PC機器を持たない方がお近くにいらして、不自由なされていらっしゃる方がいましたら、代わりに伝えてください
じいちゃん、ばあちゃん、とうさん、かあさんが心配だから、顔だしてみてくれる?という方
手先が器用だよ、という知り合いの方いらっしゃましたらご連絡ください
今回の記事は、NIFTYブログ、fuwari_fuwariブログ、水引アートブログにも掲載いたします
今回は
自分が撮影した写真ではないけれど
自分では絶対撮影できない、写真を掲載
まぶしすぎる陽射しが
彼女の心を、つきさすように照らしているのだろうか
それでも暖かな陽射しだと、まっすぐ前を見て歩いているのだろうか
写真公開よいとのことで
6月はこの写真にいたします
子供向け、特に、小学校高学年~高校生まででお送りいただける物資がありましたら
ご連絡ください
---------------
支援の希望、心配事等、お気軽にフォームにお書きください
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Tel: 050-5532-8142
スカイプID suwanagano
メール hacchon@gmail.com
携帯端末、PC機器を持たない方がお近くにいらして、
不自由なされていらっしゃる方がいましたら、代わりに伝えてください
浜田省吾さんのコンサート、静岡に行った
このブログの一番最初に残してある写真も、浜田省吾さんのコンサートトラック写真
今回も、その写真をアップしようかと
思って、思って、でも、
どうしても、どうしても、どうしても、なんとなく、やめた
代わりにアップ
翌日朝寄った、静岡浜岡原子力館展望台から見る景色
原子力発電はその日も稼動していた
コンサート会場から、数十キロの圏内であろう、
今、何キロ圏内なんだろうって、話をしながら運転した
施設にある売店の方に尋ねたら
事故以来、親子の方より、大人の方が訪れるようになりました
とのこと
きちんとまず知る事が大切で
機会があったら、訪れて見るべきところだと
はじめて行った私は、なんとなく、そう思った
国会での野党与党の政権交代とか、保障が多い少ないだとか
なんだか、寂しいニュースが流れているけれど
でも、いまだ、まだ、放射能は漏れ続けていること
それを一刻でもはやく、止める事
最重点となる焦点が、なんとなく、喧騒にかき消されているような気がするのは
私だけなのかな
そんなことを、帰宅後母に話したら
母曰く
「あ~ら、あなただって、支援といいながら、省吾のコンサート行ったじゃない」
、、、
まぁね
よかったよ、よかったけどね、でも、ん~
バックに流れる映像が、私が映像制作者なら、あえて黒の画像を流したかな
初日だけは、追悼の意を表して
ロックンロールって何だろう、と、なんとなく、そんなことを考えた
浜田省吾さんの、気迫、演奏の方々の見せつけるまでのプロの音楽
は
音楽に疎い私にさえも、充分すぎるほどに伝わったけれど
立派な照明も、映像もいらないから、被災地が、それでも夜明けが見えるまで
コンサート続けてくれないかな
義援金を、夢を、希望を、省吾に託せるのなら、いいなって
なーんて、思った、4月の静岡は
とっても、心がきゅんとした、静岡でした
でもね、やっぱり、浜田省吾さんの声、いいですよ 人がなんといっても、好きだなあ 曲も好きですよん
お魚たべてかえってきたけどね
使用しているスカイプ
今、無料通話が、スカイプユーザーに配られています
私も、しばらくの間、誰からでもメッセージを受け取れるように設定します
特に、東北地方・関東地方で被害に遭われた方などで
電気水道などライフラインは復旧したものの、家屋が損傷した、という
小中規模の被害に遭われた方で
心配な事、不安な事、体調不良、
その他ありましたら、お気軽にメッセージを送ってください
調べられる範囲で、こちらで調べてお伝えします
マイク、カメラは、設置いたしません
なるべく、PCの前に居る時は、オンラインにしておきます
必要に応じて、コンタクトユーザーの方には、こちらからご連絡差し上げます
日本語、英語、のみしかわかりませんが
少しでもお役に立てれれば幸いです
(比較的夜間ONLINEとなります)
スカイプのIDは
suwanagano
です
なお、災害関連に関係のない方のコンタクトは、仕事関係以外の方以外はご遠慮ください
閉館時間の1時間前にとびこんだ金沢21世紀美術館
コレクション展「目には見えない確かなこと」とともに
12月25日まで展示のペーター・フィッシュリとダヴィッド・ヴァイス展を見た
ジェームズタイルのブルーネットスカイははじめて見たが
いつも仕事している天窓そのもの
目に見えない確かなこと
2011年、ひとつの指針に加えてみよう
展示を見た後は、館内にあるfusion21でティータイム
光る綿雲と薔薇や観葉植物のディスプレイをバックに
目の前はカラー・アクティヴィティ・ハウス
みぞれまじりの闇が広がりだす時間に
マゼンダ色のガラス越しに見学者の影が動いては消えていた
メリークリスマス そして ハッピーニューイヤ
素敵な2010年でした 素敵な2011年に
したいね
小さい頃から春夏秋冬訪れる家の近くの出早神社
岡谷インターから和田峠に抜けるバイパス通ってしまったりして
だいぶ昔と風情も違うし
ニュースでも流れてしまったりして有名になってしまったけれど
今日は朝はやかったので、まだあまり人はいなかった
ももじ祭りの時だけでる、ここのやきとりおいしいんだよね
地元の人と屋台だけには、やきとり、って言葉が通じるやきとり
気になる人はでかけてお確かめを
鳥じゃないのよね
でも、やきとりなの
14日まで今年も屋台は開いているそうな
天気の良い日に、一日スケッチブック持って境内で時間すごそうっと
まっさかり きれいだなあ
見とれていたら、いくわよ~っと呼ばれてしまった
待ってよ かあさん
来年も、一緒にこれたらいいね
元気でいてね
かあさん そして、屋台のおばあちゃん
家に着き、車を降り、彼方を見る
美しい光が何本か筋のように森を、高原を照らす
昨日買った携帯電話
写真機能があるわ、と、ベストショットを選択して撮影してみた
4000ピクセルもの大きさなので、縮小したけれど
あの、見た時の感激が、そのまま写真に切り出されていた
雲、空、光、道
最近、ずっと、浜田省吾の曲を車でスクロールして聞いている
彼のコンサートのオープニングの感動も、少し思い出したりして
ちょうど、夏の終わり を流しながら帰宅してきた本日なのね
サンディエゴでもないし、潮騒も聞こえない、田舎道だけど
美しい夏の終わりの空と雲と、白い光
(ユーチューブに掲載されている夏の終わりに
リンクはhttp://www.youtube.com/watch?v=SLBUEMYXt0o)
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